みなさんこんにちは。札幌にある、明日死ぬように生き、永遠に生きるように学ぶ鍼灸院、快気堂鍼灸院白石の谷地一博です。
前回は「科学的とはどういうことか、そして、鍼治療は科学的にはどうなのか」について取り上げました。
鍼って以外と科学的に研究されていて、良い評価もされているんだなってお話しでした。
しかし、注意が必要です。
例えば、お医者様やお役人様に、「病院との連携について考えてやらないでもないから、鍼灸の医学的根拠を明日までに準備してもってこい!」と求められたとします。
「鍼の効果はNature系にも載ってるんだぜ!」と意気揚々と科学的根拠を集めて持って行っても、お医者様たちからは、事務的な上から目線で「 で?」と言われてしまいます。
どうしてこういうことが起こるかというと、科学的な評価と医学的な評価は別物だからです。
必勝デートマニュアル(科学編)
例えば、初デート時の行動について考えてみます。
女の子の必勝デートマニュアルなんかを読むと
『初デートの時、女の子が男の子の二の腕にタッチをすると、男の子はあなたの虜に!【二の腕タッチ】で、気になるあの人をゲットしよう!!』なんてことが書いてあります。
この【二の腕タッチ】という現象に対して、科学は、なぜそうなるかを知りたがります。
二の腕は敏感な部分であるとともに、他人に触れられることが少ないプライベートな感覚の部分です。敏感なところに触れられることで、ドキッとするし、プライベートな感覚のところに触れられるということは、その人は親密な人だと脳は無意識で認識してしまう癖があります。
そのため、ドキッとして、親密な感じのする人=「俺、この人のこと好きなのかも知れない」と触られた人は思ってしまうのです。
というような、なぜ?の部分を科学は知りたがるのです。
必勝デートマニュアル(医学編)
一方、医学は、その現象が起こる確率を知りたがります。
【二の腕タッチ】が理論上正しくても、必ず効果が出るわけではありません。お互いのルックス、モテ具合、フェティシズム、家庭環境、遺伝的性質、精神状態など、恋愛には、他にもたくさんの不確定要素があり、科学的理論だけでは、実際のデートで【二の腕タッチ】が本当に効果的であるかはわかりません。
デートは最初の印象が肝心です。初めの行動は最善の選択をしたいわけです。そこで、どの行動を選択するか比較するために、それぞれの行動が恋愛に結びつく確率を知りたがる。それが医学なのです。
How to 本を読んで、なかなかうまくいかない理系女子は、確率という視点から自分の行動を見直してみると吉かもしれません。
まとめますと、治療法のメカニズムを求めるのが科学ですが、医学は治療法の効果が出る確率を重要視します。つまり、医学と科学は、求めるものが違うのです。
医学の合言葉:RCT
治療法の効果について確率を求める手法にRCT(ランダム比較試験)があります。お薬の有効度を測るために発展したRCTは、現在、医学が最も信頼する統計手法になります。
RCTの手順を、失恋を癒す架空の薬「ドリカム」をモデルに考えてみましょう。
まず、失恋中の人たちを集めなければなりません。ただ、集める際に、集める側の意図があってはいけません。知りたいのは、どんな人でも治る確率です。
実験者の趣味で、合コンで知り合った人ばかりを集めて実験したとしたら、治る確率は実際よりも上がってしまうかもしれません。
あるいは、腐女子仲間や、鉄オタ仲間など、特定の集団を集めてしまっては、結果に偏りが出てしまう可能性が出るので、信頼度が下がってしまいます。
そこで、対象者はランダムに集める必要があります。
実験群を分けよう
失恋中の人たちをランダムに集めたら、次は、その人たちを3つのグループに分けます。
・グループ1は、「ドリカム」を服用する人たち。
・グループ2は、「ドリカム」を服用しない人たち。
・グループ3は、「偽ドリカム」を服用する人たち。
なぜ、このように分けるかというと、人には自然治癒力という素晴らしい力が備わっているからです。
放っておけば、自然と失恋から立ち直るものなのです。
なので、ただ、「ドリカム」飲んだら何人立ち直ったかを数えても、それが本当に「ドリカム」による効果なのか判断することができません。よって、「ドリカム」を飲んで立ち直った人の割合と、飲まなかったのに自然と立ち直った人の割合を比較しなければいけません。
さらに、自然治癒力は「思い込み」でパワーアップすることがわかっています。「これ、失恋を癒す薬だから」と言われただけで、立ち直る力が増してしまうのです。これをプラセボ効果といいます。純粋な「ドリカム」の実力を知るために、このプラセボ効果の確率を排除しなければなりません。
そこで、「偽ドリカム」を使います。グループ3には「ドリカム」にそっくりな、ただの小麦粉の玉「偽ドリカム」を失恋を癒す薬として飲んでもらいます。これで立ち直る割合が、プラセボ効果の確率なので、その分を「ドリカム」を飲んで立ち直った確率から引けば良いということになります。
・「ドリカム」を飲んで立ち直った人の割合
・「偽ドリカム」を飲んで立ち直った人の割合(プラセボ)
・何にも飲まないで立ち直った人の割合(自然治癒力)
これら3つを比べて、有意な差があれば、「ドリカム」が失恋に効果があったというデータが初めて得られるのです。これが、RCTの手順です。
医学が愛する:SR
RCTが行われると、論文化されて発表されます。もちろん、データが多い方が正確な確率がわかります。一つの薬の効果をRCTで調査した各論文を集めて、それらのデータを決められた関数で計算し、有効かどうかを分析することをMA(メタアナラシス)といい、それをまとめた論文をSR(システマティックレビュー)と言います。
医学において、治療の選択の根拠として、最も評価されるのが、このSRです。
この、SRを行い、収集し、発表している代表的なものがコクランライブラリです。つまりコクラン・ライブラリでの評価が、医学的評価になると言ってもいいと思います。
最初の例のように、お医者様やお役人様に医学的根拠を求められたら、コクラン・ライブラリのデータを持っていけば良いということになります。(突然、メカニズムも聞かれたりするので、念のため、科学的データも持って行くにこしたことはありません。)
鍼灸治療と医学評価
では、鍼灸治療はコクラン・ライブラリでどのように評価されているのでしょうか?コクラン・ライブラリで取り上げられている鍼治療に関するSRは2015年時で50本。
そのうち、有効と判定されているものは
線維筋痛症、労働者の痛み管理、月経困難症、関節炎、緊張型頭痛、化学療法による嘔吐、肩痛、関節リウマチの8症状となっています。
これに加えて、有効だが効果的とまで言えないものとして、骨盤位(施灸)があります。
残りは、結論がまだ見い出せないものとなります。
(長谷川尚哉先生、資料ありがとうございました。参考にさせていただきました。)
鍼灸の科学的・医学的根拠を知る意味
鍼灸の科学的・医学的根拠を知る目的の一つに、医師との連携があると思います。もちろん、鍼灸師として医学部に所属していた私は、そのことを強烈に意識していた時代もありました。しかし、整動鍼と出会い、取り組むうちに、意識が変化してきました。
鍼灸に、ある程度理解あるお医者様たちのお話を聞かせていただくと、彼らが鍼灸に求めるものが見えてきます。それは次のようなものになります。
・時間のない医師に変わり、長い時間をかけて患者さんの悩みを聞く
・患者さんの体だけでなく、精神的なケアも重視する
・重篤な場合は、医師に紹介する
一見、かかりつけ医の代わりみたいで、素晴らしい役割のように見えます。しかし、この役割は、鍼灸の能力のほんの一部しか活用されていません。
鍼灸・医学のパラダイムシフト
整動鍼を知ると、鍼灸が持つポテンシャルに驚かされます。整動鍼の特徴は、追求する対象を症状の変化から、肉体の変化にシフトしたことです。あるツボに鍼をした時に、体のどこに、どんな変化が起こるのか?をミリ単位で研究しています。
その結果、恐ろしいくらい高い確率で、変化を確認することができるようになりました。まだ、誕生したばかりの整動鍼なので、科学的・医学的データはこれからですが、これだけの高い再現性があると、まだ発見されていないしっかりとした科学的理屈を確信せずにはいられません。
まるで人体の新たな地図を手に入れた感覚です。
整動鍼の効果は、実験を重ねれば、すぐデータが出るほどのはっきりとした現象です。ただ、信頼できる科学雑誌にアクセプトされるレベルの実験には、予算が数千万円かかるので、ただでさえお金のない鍼灸師では、実現まで超えなければならない壁が無数に存在しますが。
私は、整動鍼に取り組むことで、ある領域では、医師の治療を凌駕するポテンシャルを鍼灸が持っていることを確信しました。
その鍼灸が、医師にとっての便利屋さんや、御用聞きとして、医師を中心とした医療ヒエラルキーの底辺に組み込まれても、もったいないと思うのです。
鍼灸の方が得意とする領域の疾患に悩む患者さんのことを考えると、患者さんにとっても大きな損失になります。
医学とともに歩む鍼灸とは?
連携が必要ないというわけではないのです。ブラックジャックに出てくる鍼灸師・琵琶丸とブラックジャックの関係のように、お互いを認め合いながらも、競い合い、必要な時は連携する、「好敵手(ライバル)」と書いて「とも(友)」と呼ぶような、そんな素敵な関係を目指したいと私は思っています。
そのためには、お医者様や科学者に対する、異常な崇拝、警戒心、敵対心、侮り、なんかがあるとすごく邪魔になります。科学的・医学的視点を学ぶことで、彼ら、彼女らの性質を知り、余計な幻想を抱かなくて済むようになれそうではないですか?
大事なのは、患者さんが健康になることです。
その一点のために、医師と鍼灸師、そして数多の医療者たちが力を合わせて共闘する、そんな素敵なストーリーを夢見て、今回のシリーズを終わらせていただきたいと思います。